第1回21世紀の国土・地域・社会と道路政策検討小委員会 議事概要



日時: 平成11年9月6日(月)13:00〜15:00
場所: 東條会館3階「青柳の間」
議事: (1) 21世紀の国土・地域・社会と道路政策の在り方について
    (2) 小委員会の今後の進め方について
出席者: 森地茂委員長、家田仁委員、石田東生委員、幸田シャーミン委員、残間里江子委員、白石真澄委員、玉川孝道委員、橋元雅司委員、屋井鉄雄、山内弘隆委員、山根孟委員
議事要旨:
  フリートーキングにおける意見の概要は以下のとおり
  人口予測に関して、(流入する)外国人人口をどう考えるかで状況が大きく変わり得る。
  今後の政策課題を議論する前提として、政策内容が変わったことをきちんと見せて、国民にわかってもらうという努力についてしっかり議論する必要がある。
  交通量に関しては、それをオープンにする段階でどういう形で示せるか、あるいはそのときの技術としてこれから先もどれだけ開発が必要かといった真摯な対応が重要。それを踏まえた上で、必ずしも交通量だけでは意志決定しないという段階に進むことが必要。評価、PIはこれまで交通量至上主義で議論してきたことを変えていく上で大変重要な役割を果たす。
  九州は、高齢化が進んだ先進国みたいなものであり、人口動態の変化、地域構造の変化が先取りした形で現れている。また、都市化が非常に進んでおり、九州の1,300万人のうち、人口の多い10都市に850万人ほど集まっている。これから道路行政というものを考えるときにそうした生身で見た変化、日本人の暮らしを踏まえる必要がある。
  公共交通と道路分野、土地利用と道路分野、文教行政と道路行政など、道路行政の境界領域に着目してやるべきことが多い。
  制度的なほころび、あるいは特に境界領域では制度的に未成熟な面、あるいは相互に論理的に矛盾をきたしているような面もある。
  道路を作るのと同時に、ストックをどう使うかは重要である。交通管理などとの接点の問題もあるが、作ったものを100%使う関心を持つ必要がある。
  地方の問題として、地方分散化、定住構想というのが一体どのぐらいうまくいっているのかといったレビューも必要である。週末に道路を使って実家に戻れることも広い意味での定住と考えるならば、地方では人がハッピーに暮らせる道づくりがあると考えられる。
  都市の問題では、都市の空間の有効利用、めりはりのある都市づくりが重要である。大都市の密集市街地をどうするのか、火災から防護するだけの論理を乗り越えて、街路や準幹線道路系などをどう作るべきか勉強の余地が大いにある。
  高齢化社会に関しては、65歳になったらすぐに高齢者として身体機能が劣るわけでもなく、15歳で生産年齢人口として本当に働いている人が少ないことを考えると、将来はそんなに暗い社会ではない可能性がある。ドアトゥドアで高齢者自身がドライブして、ハッピーに暮らせるための道路が必要であるなど、前向きに捉えた方がよい。
  道路は国のあり方と切り離せないものであり、どういう社会をつくっていくか、社会はどうなっていくか、例えば高齢化の問題や経済活動の国際競争力の低下などのシナリオが考えられるが、それらを多様に組み合わせて幾つかのシナリオを想定し、それを前提として今後の方向性を議論した方がよい。
  変わるということは、だれの目にも映っている部分を変化させることと、一般の人にはわかりにくい部分を構造的に変化させることの両輪が必要。例えば、無用と思われる工事は、実際には電気、ガスなど周辺の人の利便性向上のための工事が多いが、これを一般に30秒以内で分かってもらうことが必要。
  土地を提供する人、あるいは具体的に利便性の向上が図れる人とだけ道路の接点を見つけるのか、それとも反対運動する人以外の人の道路に対するいい意味での介入、余地をどうしようとするのかが問題。
  今後の高齢化というのは、これまでの地方の問題から首都圏、三大都市圏の問題に置きかえられる。これだけ居住水準が低い、高密度社会の中でどう高齢期を過ごしていけるかが課題。特に、大都市でどう都市機能を再編していくかを考えた場合、余り外縁化することは考えず、コンパクトに住んでいくことが得策。移動コスト、介護効率などの面ではるかに利便性が高い。
  歩く、自転車には乗れなくても電動車椅子や手動の車椅子でどんどん動く、電動スクーターで動くような元気な高齢者がどんどん町に出るようにするためには、生活道路をどうしていくのかが重要。特に、私たちが休まず歩けるというのは550mと言われているが、高齢期になるとこれが約6割ぐらいになり、200〜300mぐらいに休憩地点が必要となる。生活周りの道路の在り方というのを全くゼロから見直す必要がある。
  通過交通、通過という流れと、それぞれの地域の動きとが相矛盾する。
  道の駅というものが大変増えており、かつ中身も充実しているが、地域とか社会との接点として大変結構なものである。
  質の高いものを提供するという議論は道路のこれからの政策で最も基本になってくる。
  今後を議論する上で、社会がどう変わっていくのかということと、社会をどうすべきかということの関係について明確にする必要がある。社会の変化を道路がどう受けとめるのかという議論が基本であるが、あるべき姿を実現するために道路政策はどうあるべきかという議論にもなりうる。ただし、道路だけで全部できるのかと言われると、決してそうではない。農業、道路、あるいは通商産業政策など個別の政策手段が先行してしまっているが、それらの融合の必要性が今後出てくる。道路行政の範囲を超えるかもしれないが、全体的な統一的な視点でどうあるべきかを議論する必要がある。
  ネットワークの重要性が現在の経済社会において大きなウェートを占めており、この場合の融合、例えば、電気通信と放送の融合、電力系のネットワークと通信の融合、場合によっては下水道のネットワークが融合していく中で、道路がどう位置づけられるかが問題。
  21世紀に国のベースになっている国土を一体どう考えて、ボーダレスの時代で諸外国とどういう関わりになっていくのかを基本として考える必要がある。その中から、大都市問題、都市、それから中山間地域といった地域の問題について、道路サイドとしてどう手だてを講ずるのか考えるべき。それから、通常の仕事を離れた生活や趣味など、人が満足することやライフスタイルがどうなるのか考える。また、生活の糧を得ることも当然必要で、就業構造などを議論する必要がある。
  道路を社会資本として考える一方で、サービスとして考えた場合、サービスを受ける様々な利用者がそれぞれ道路に何を求めているのか見ていく必要がある。
  前の計画で何が抜けていたかをレビューし、次の計画をつくるときにそれを踏まえる必要がある。
  計画が終わったときに、自動的に評価ができる仕組みなどどのような評価ができるかという視点が大変重要。
  道路は対象が広いため、行政が何かを変えたときに、誰にどう響いてくるのか想定し切れない。特に境界のところなど、座標軸を定めて議論する必要がある。
  例えば、地方の話でいうと、道路を作るとビジネスチャンスや生活満足度が向上することが考えられるが、道路をただ作るのでなく、あわせて地元でどんな施策を実施するのかを考えることが欠けている。同時に、100%使えるようなつくり方、あるいは料金の取り方など工夫の余地が大いにある。
  やはり量で測ることは基本であるが、いつも交通量で測るということではない。量で基準を作るときの基準そのものが国民のニーズと異なっていないか振り返ることも必要。
  境界領域の問題は、1セット主義か連携補完かといった選択の問題。それらが扱える評価(手法)を考えないと対応できない。また、評価については、国民の満足度やサービスレベルに本当に合った、感覚にマッチした指標になっているか重要。
  (小委員会の今後の進め方について、第2回から第5回までの小委員会は、委員の方からの意見発表をもとにフリートーキングを行っていくことなどが決定された。)


[本議事要旨は暫定版のため、今後修正の可能性があります。]


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