より良い沿道環境の実現に向けて(答申) |
平成10年11月20日
建設省道路局/道路審議会
目次
自動車交通は経済・社会活動を支え、多くの人々がその利便を享受している。そのような中で幹線道路は、自動車交通を集約的に担う重要な役割を果たしているが、一方で自動車交通に伴う排出ガス、騒音等により、沿道の人々の生活環境は厳しいものとなっている。これまでも、道路管理者等により幹線道路の沿道環境の改善を図るための様々な取り組みがなされてきたところであるが、自動車交通量の増大等もあり、十分に改善が図られてきたとは言い難い状況にある。
いくつかの地域においては沿道住民から道路管理者等に対する訴訟も起こされ、現在も係争中のものがある。このように沿道住民から問題提起がなされている背景には厳しい沿道環境があることを踏まえ、生活環境を保全する上で維持することが望ましいとされている環境基準の確保に向けた真摯な取り組みがなされなければならないことは言うまでもない。本年7月、西淀川訴訟において、より良い沿道環境の実現を目指して、沿道環境対策を一層推進する方向で和解がなされたことは、今後の取り組みの方向を示唆するものと考えられる。
来る21世紀を、国民の環境に対する配慮や、道路管理者をはじめとした関係者の一層の努力により、沿道の人々の生活環境が保全され、同時に経済・社会活動のためのモビリティが確保された、持続可能な社会として築いていくことが強く求められている。
本審議会は、平成7年9月に今後の道路環境政策のあり方について諮問を受け、昨年6月に中間答申を行ったところであるが、上記のような認識から、中間答申で明らかにした"環境時代への政策転換"の一環として、より良い沿道環境を実現するための方策に関してとりまとめ、答申するものである。
幹線道路における自動車交通に伴う排出ガス、騒音等による沿道環境問題に対して、これまで道路管理者等において様々な取り組みがなされてきたところであるが、経済・社会活動が高度に展開されている大都市圏や主要な幹線道路の沿道環境は、なお大気質、騒音に関する環境基準を超え深刻な状況にある。
(大気質)
幹線道路の沿道に設置された自動車排出ガス測定局のうち、二酸化窒素に関する環境基準を達成していない地点が全国で約3割、東京圏・大阪圏における自動車NOx法の特定地域*では約7割にも達し、しかも全国のワースト20の地点は全て同法の特定地域に集中している。また浮遊粒子状物質に関する環境基準を達成していない地点は全国で約6割、自動車NOx法の特定地域では約9割にも達している。
このように大気質に関して環境基準を達成していない地点の大部分が、大都市圏に集中しており、しかも大都市圏においては幹線道路の沿道地域だけでなく、一般の市街地のいわゆるバックグラウンドの大気質も環境基準を超えるに至っているところも少なくない。
*「自動車から排出される窒素酸化物の特定地域における総量の削減等に関する特別措置法」に基づき指定された東京圏及び大阪圏の196市区町村の区域。
(騒音)
全国の沿道騒音測定地点のうち、朝、昼、夕及び夜の4時間帯のいずれかで環境基準を達成していない地点が約9割、全ての時間帯で非達成となっているものも約6割に達している。全国のワースト20の地点を見ると、大気質の場合と異なり、東京圏・大阪圏とその他の地域とが概ね相半ばしている。
このように騒音の環境基準を超えている地域は、大都市圏以外の幹線道路の沿道にも広がりを見せている。
国道43号線・阪神高速道路の騒音、排出ガスの差し止め訴訟をはじめとして、これまで国等の道路管理者等に対して訴訟が6件提起されてきた。本年の7、8月には大気汚染をめぐる西淀川訴訟と川崎訴訟において、それぞれ和解の成立と地方裁判所の判決(2〜4次)があったところである。
1)西淀川訴訟の和解
国、阪神高速道路公団等に対し、沿道住民が排出ガスの差し止め、損害賠償を求めた訴訟であり、大阪高等裁判所より「現段階で争いを止め、(中略)当事者双方が将来に向かってより良い沿道環境の実現を目指し互いに努力することが最も妥当な解決である」という勧告を受け、沿道環境対策の一層の推進等を内容とした和解が成立した。
2)川崎訴訟の地方裁判所判決
国、首都高速道路公団等に対し、沿道住民が排出ガスの差し止め、損害賠償を求めた訴訟であり、1次訴訟について横浜地方裁判所川崎支部は差し止め請求は却下、損害賠償請求は棄却した。
一方、2〜4次訴訟については、同裁判所は差し止め請求は棄却したが、自動車からの排出ガスと健康被害との因果関係を認めた上で、現行制度上で道路管理者が行えるもの以外の措置も含めて回避可能性があったとして、道路管理者に対し、一部の原告に損害賠償することを命じた。これに対して、原告及び国、首都高速道路公団の双方が控訴している。
騒音に係る環境基準が本年9月改定(平成11年4月施行)され、全般的に強化された。同時に、特例として、幹線交通を担う道路に近接する区域で、主として窓を閉めた生活が営まれると認められる場合について、屋内へ透過する騒音レベルに関する基準が新たに導入されたところである。この特例は、幹線道路の沿道においては屋外の騒音低減対策には制約があることに加え、現実に沿道地域に居住しているという実態を踏まえその生活環境を保全することが必要であり、さらに環境基準を対策の目標として機能させるために設けられたものである。
これにより、沿道利用との関係等から遮音壁の設置等の対策に限界がある場合に、住宅の防音対策をも講じて環境基準の達成に努力することが求められることとなった。
昭和40年代より、自動車からの排出ガス、騒音について規制が行われ、 順次強化されてきたところであり、本年9月にガソリン車の排出ガス規制の水準が設定されたのに続き、比較的低公害化が遅れていたディーゼル車についても、年内には規制の強化の方向が明らかにされる予定である。
一方で、各自動車メーカーにおいては、省エネルギー車、低公害車の開発が進められ、ハイブリッド車や天然ガス(CNG)車も普及し始めており、更には21世紀初めには究極の低公害車と言われている燃料電池車も実用化される見込みである。
しかしながら、現在のところ価格が割高なこと等から、全国の7千万台を超える自動車のうち低公害車は約9千台が普及しているに過ぎない。
昨年、京都で開催された気候変動に関する国際連合枠組条約第3回締約国会議において、二酸化炭素等の排出削減の数値目標が国際的に取り決められ、我が国については2008年から2012年までの間の排出量を 1990年比で6%削減するという目標が設定された。
これをうけて我が国政府においても6月に「地球温暖化対策推進大綱」をとりまとめ、革新的な技術の駆使、ライフスタイルの見直し、積極的な国際協調等の基本的な考え方の下に、所要の施策を推進することとしており、この中で自動車交通に係る対策としては、発生源対策や渋滞対策等を推進することとしている。
沿道環境対策を行うに際しては、このような地球温暖化防止のための自動車交通関係の取り組みにも配慮することが必要である。
幹線道路は、人々の経済・社会活動を支えている自動車交通を集約的、効率的に処理する役割を果たしながらも、そこを流れる自動車交通により、多くの地域で、他の発生源とあいまって沿道の人々の生活環境を厳しいものとしてきた。
こうした状況を重く受け止め、「経済・社会活動を支えている幹線道路の役割と沿道に居住する人々の生活環境の保全との両立」を図ることを基本理念として確認し、より良い沿道環境の実現を目指し積極的に取り組んで行くべきである。
(自動車の低公害化と道路ネットワークの整備が基本)
より良い沿道環境の実現に向けて施策を展開するにあたっては、自動車の低公害化と道路ネットワークの整備が基本となる。
沿道環境への影響は、道路を通行する自動車からの排出ガス、騒音によるものであることから、沿道環境の改善のためには、基本的に自動車の低公害化が必要である。自動車の低公害化は、人口・産業が高度に集積している大都市圏における大気質のバックグラウンド濃度の改善を図るためにも、不可欠な対策である。
また、既存の幹線道路に集中する自動車交通を分散し、円滑な広域的交通流を実現するための幹線道路のネットワークの整備も、基本的な対策である。
(沿道環境が厳しい幹線道路の構造対策等が急務)
しかしながら、低公害な自動車の普及や幹線道路のネットワーク整備には、なお時間を要すると考えられる。 従って、沿道環境の現況が厳しい地域においては、直接的に当該幹線道路の沿道環境の改善を図ることが必要であり、渋滞を解消して円滑な交通流を実現するための交差点の立体化や、沿道への影響を緩和するための道路構造の改善、沿道に立地する住宅の防音化等を急ぐことが肝要である。
(自動車交通の需要調整の導入)
このような道路構造対策等により、騒音については相当程度の効果が期待できるが、大気質については、バックグラウンドが環境基準を超えている大都市圏の地域等において、道路構造対策等のみで十分にその改善を図ることは出来ない。また、沿道環境の改善に向けて道路構造対策等を行うとしても、費用対効果からみて不適切な場合も考えられる。一方で、経済・社会活動や人々の生活が高度で多様なサービスを求めるあまり、自動車利用への依存が強くなってきた面も見られる。
そこで、大都市圏の地域等で道路構造の改善等の対策に限界がある場合には、あわせて道路の運用のあり方として、自動車交通の需要を適正に調整する措置を導入すべきである。
(地域に即した沿道環境改善への総合的取り組み)
以上の沿道環境を改善するための施策を講じ、環境基準の達成に向けて取り組んでいくためには、地域の実情に即して、適切に評価しつつ施策の選択と組み合わせを行うことにより、効果的に推進していくことが必要である。このような沿道環境改善への総合的な取り組みは道路管理者のみで行えるものではなく、地元地方公共団体、関係行政機関との連携と、道路利用者や関係する地域の事業者、住民の参加と協力が不可欠である。
このような基本的方向に基づいてそれぞれの施策を展開していくにあたっては、次のような新たな取り組みや工夫を行い、効果的に推進することが必要である。
(幹線道路の機能分担を踏まえたネットワークの整備)
道路行政における基本的な対策として、自動車交通を適切に分散し、沿道環境の改善に資する交通流を実現するため、通過交通を主とする幹線道路とそれ以外の地域利用型の交通を主とする幹線道路とに機能分化し、それぞれの道路がその機能にふさわしい道路構造を備えるように、幹線道路のネットワークを整備することが必要である。
この場合特に、環境への影響の大きい大型車について、都市構造や市街地の土地利用に配慮しつつその交通計画を明らかにして、大型車走行にふさわしい構造を備えた道路ネットワークの整備、大型車の都市内流入を抑制するための周辺部での物流ターミナルの整備等を進めるとともに、これらの整備にあわせて、大型車の通行の抑制が必要な道路についての交通規制の導入等を行うことが求められる。
また、新たな幹線道路の整備に伴い、道路ネットワークの中での位置づけや役割を地域利用型に特化することが適当な既存の幹線道路については、例えば、道路の役割の変化に応じて車道の一部を歩道、自転車道や植樹帯に切り換えるといった改善工事を施し、地域の沿道環境の回復を積極的に図ることが望まれる。
(沿道環境の厳しい幹線道路とその沿道の整備の拡充)
沿道環境の厳しい既存の幹線道路については、直接的に沿道環境の改善を図るため、当該道路の交通流の円滑化、道路構造の改善等を一層推進することが必要である。
この場合、大都市圏の沿道環境の厳しい地域は面的な広がりをもっていることから、当該地域に関係する複数の幹線道路の交通流対策、道路構造対策や地域の公共交通機関の利用促進策等を連携させて、一元的、総合的に地域の環境対策として推進することが重要である。
また、幹線道路の沿道は、道路へのアクセスによる高い利便性を有しているにもかかわらず、現実にはそこに住居系の土地利用がなされているところが多い。このようなことから、騒音問題に対応した沿道整備を、まちづくり、地域づくりとして行うための仕組みである沿道法(「幹線道路の沿道の整備に関する法律」)が制定されているが、沿道環境問題は通過交通によるものであり、道路管理者が対応すべきものとの認識や、関係住民の合意を得ることが困難なこと等から、沿道法が適用されている地域が極めて限られているのが実態である。このため、沿道法を活用するための国及び関係地方公共団体における取組体制を強化する必要がある。さらに、大気質の改善に対応した沿道の整備制度の検討も必要である。
また、沿道への環境影響を緩和するための環境施設帯の整備に加えて、部分的にでも緑地や植樹スペースを整備したり、沿道にふさわしい土地利用へ転換することを促進していくことも必要である。
なお、騒音について、遮音壁の設置等の道路構造対策を一層推進するとともに、環境基準に特例として屋内へ透過する騒音レベルに関する基準が導入されたことに対応して、沿道に立地する住宅の防音化の一層の推進が求められる。
また、排出ガス浄化技術、低騒音舗装技術等の沿道環境への影響を緩和するための技術開発と、その実用化に向けた努力を推進することも必要である。
(国民の評価のための情報提供)
環境が厳しい地域において、沿道環境改善のための必要な道路整備が的確に行われているかどうか、国民、住民による評価ができるようにすることが重要であり、そのための道路整備の計画と効果等の情報を提供することが必要である。
沿道環境問題は、そもそもは道路を通行する自動車からの排出ガス、騒音によるものであることから、自動車の低公害化により、これらの発生量の削減を図ることが基本的に重要である。
とりわけ、地球温暖化問題に対処することや、大都市圏においてバックグラウンド濃度が既に高濃度に達しているという状況の下で、地域全体の大気質を改善するには自動車の低公害化が不可欠である。
これまで単体に係る規制について順次強化され、今年中にはディーゼル車についての排出ガスの新たな規制値が中央環境審議会より答申されることとなっているが、沿道環境への影響が大きい車種であることを踏まえ、規制値の適切な強化が図られることを求めたい。また、これらの規制の効果が十分に発現するためには、既存の自動車が最新の規制値を満たしたものに速やかに置き換わる必要がある。関係機関による低公害車の普及のための支援も行われており、今後ともこれらの措置の充実を望みたい。
また、沿道環境の厳しい地域において、地方公共団体、関係行政機関や事業者、住民の低公害車の利用促進が図られるよう誘導していくことが必要である。道路管理者としても、道路区域を活用した低公害車の燃料供給施設のスペースの確保等の支援を行うことが必要である。
今日、地球温暖化防止のために国民のライフスタイルの見直しが求められているところであるが、特に大都市圏のバックグラウンドの大気質が既に環境基準を超えている地域等においては、沿道環境の改善を図るためにも、自動車の利便性に大きく依存した生活、経済・社会活動を見直し、自動車交通需要の調整を行う必要がある。
そこで、自動車の低公害化の進展を踏まえつつ、沿道環境改善のための道路整備の効果と限度を定量的に示し、交通需要調整の必要性を明らかにした上で、自動車交通の発生と流れ方の調整について、道路利用者や関係する地域の事業者、住民とのパートナーシップの下に取り組んでいくことが必要である。
具体的には、地域の実情に応じて人流・物流の両面から、乗車率・積載効率の向上、沿道環境に対する影響の少ない走行ルートの選択、時差通勤・通学、配送時間の変更、公共交通機関の利用促進等を行うことが考えられる。
なお、交通需要の調整を効果的、効率的に進めていくためには、的確な情報提供と、都市内交通のための自転車道、公共交通機関との連結を容易にする駅前広場やパークアンドライド駐車場等の基盤施設の整備による支援、交通規制や経済的手法の導入、円滑で環境負荷の少ない道路交通に寄与する高度道路交通システム(ITS)*等の新技術の活用も必要である。*Intelligent Transport Systemの略。道路交通の安全性、輸送効率、快適性の向上等を目的に、最先端の情報通信技術等を用いて、人と道路と車両とを一体のシステムとして構築する新しい道路交通システムの総称。
沿道環境が厳しい地域について、環境基準の達成に向けその改善に取り組んでいくため、以上のような施策を、幅広く連携させながら総合的に取り組んでいくことが重要である。そのためには、地域ごとに総合的な沿道環境改善プログラムを策定し、これを推進していく必要がある。この場合、道路管理者、地元地方公共団体、関係行政機関や関係する事業者等から成る協議会において連携を図り、また広く住民等の意見を反映してその協力を得ることが重要である。
なお、このプログラムには、沿道環境改善の目標を明らかにした上で、幹線道路ネットワークの整備・運用計画、既存幹線道路の交通流の円滑化と道路構造の改善を図るための計画、沿道の整備計画、低公害車の利用促進計画、交通需要の調整計画等について、有機的連携を図りつつ総合的に定めることが適当である。
その際、社会的に大きな影響を与える取り組みについては、適切に社会実験の手法を取り入れるなどにより、これまでに比して一歩進めた取り組みが求められる。
また、このような沿道環境改善プログラムに基づき、道路管理者、地元地方公共団体、関係行政機関や、道路利用者、関係する事業者、住民が適切に協力、協調しながら、地域の沿道環境の改善を総合的かつ着実に推進する仕組みの制度化も検討する必要がある。
自動車の低公害化の進展に期待するにしても、深刻な沿道環境の現況に鑑み、一日も早く、沿道の人々の生活環境の回復・保全が図られなければならない。
そのため、この答申に沿って、沿道環境の改善のための施策が、道路管理者、地元地方公共団体、関係行政機関や、道路利用者、関係する地域の事業者、住民の連携・協力の下に、総合的・効果的に推進されることを重ねて要請しておきたい。また、これらの施策を推進していくにあたって検討を要するとされた事項についても、すみやかに具体化することを望みたい。
我々は、自動車交通の利便を享受する一方、自動車交通により環境に負荷を与え、幹線道路の沿道の生活環境に大きな影響を与えてきたことをあらためて認識しなければならない。最後に、直接にしろ間接にしろ自動車を利用する国民一人ひとりの意識改革とライフスタイルの見直しがあってはじめて、これまで述べてきた施策が実効性のあるものとなり、自動車の利用において、人々の生活環境と経済・社会活動が調和した社会が実現するものであることを指摘したい。