最終更新日:2010年4月12日
竹盛旅館 代表者(西表島エコツーリズム協会元会長)
主な経歴
1953年
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沖縄県竹富町生まれ |
1972年
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沖縄県立八重山高等学校卒業 |
1974年
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東京都観光専門学院卒業、スイス(ツエルマット)ホテルにて半年間研修 |
1974年
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八丈島大洋第一ホテル勤務 |
1979年
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西表島へ帰郷 竹盛旅館 継承 |
1994年
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西表島エコツーリズム協会設立準備会責任者 |
1996年
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西表島エコツーリズム協会発足、同協会副会長 |
2000年
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同協会3代目会長(任期:2年) |
2002年
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同協会理事 |

竹盛旅館前景

仲間川(竹盛旅館付近)
カリスマ名称
「地域主体で自然の保護と活用の両立を実践するカリスマ」
選定理由
西表島という自然豊かな沖縄の中でも特に原生的な自然資源に恵まれた島において、貴重で豊かな自然と共生しつつ地域振興を図るという新しい観光のあり方を模索し、実践する活動の中核として活躍。具体的には、多様な関係者を束ね、日本で初めて「エコツーリズム協会」を設立し、エコツーリズム運動を促進するとともに、自らも旅館経営者としてエコツーリズムを実践し、その普及に尽力。
具体的な取り組みの内容
背景
沖縄の本土復帰当時の西表島では、本土のデベロッパーによるリゾート開発のための土地買収や、沖縄海洋博に合わせて行われた道路整備など、島内の一斉開発が始まっていた。一方で、イリオモテヤマネコの発見(1965年)をきっかけに、次第に自然保護の動きが激化し、その保護論議を巡って、「ヤマネコか、人間か」(=保護か開発か)の選択を迫るかのような当時の状況下で、開発派も保護派も危機感を持ちはじめていた。
そのような中、1980年代には、空前のリゾートブームに沸く本土から、本土とは風景を異にし、日本最後の秘境と謳われる西表を訪れる人が増加し、これら観光客の増大が島内に新たな観光産業を生みだすなどの経済発展をもたらした。しかし、同時に、施設拡充による環境破壊やゴミ問題などの弊害ももたらし、また、空港や大型ホテルのある石垣島を拠点とした日帰り型のパックツアーが増えたことから、西表への経済効果は少なく、観光客はゴミだけを落としていく、といった批判が起こり、従来の観光のあり方に疑問を持つ声が上がってきた。
エコツーリズム協会の設立に向けた努力
竹盛氏は、青年時代に一時期東京で生活し、その後、故郷である西表島に戻って旅館経営に携わる。この経験によって、内外から見た西表島の魅力、とりわけ「東洋のガラパゴス」と称されるほど豊かで多様な自然の素晴らしさを再発見することとなり、早くからエコツーリズムの必要性と可能性に関心をもつようになった。
また、竹盛氏は、自身の経営している宿を訪れる多くのリピーターと接し、西表島を訪れる人は、どういうものを求めて訪ねてくるのか、それが島の大自然や島の人々の暮らし、文化そのものであることを肌で実感していた。
こうした中、竹盛氏は、「自然を守り、利用する」という考え方の下、西表島を訪れる人をどのように受け止めればよいかを有志とともに模索。その結果、環境庁(当時)の支援を得て、島で行われる観光を豊かな自然との共生を図るエコツーリズム型の観光に転換していくことを目的として、『西表島エコツーリズム・ガイドブック ヤマナ・カーラ・スナ・ピトゥ(ヤマ・カワ・ウミ・ヒト)』を制作することとなり、当初よりその制作メンバーの一人として活躍。さらに 1994年の同制作を機に盛り上がったエコツーリズム振興の動きを更に発展させ、島への思いを同じくする有志とともに、エコツーリズム協会を設立すべく、同協会設立準備会の責任者として尽力し、1996年には日本初の
「エコツーリズム協会」の設立を果たした。
このような動きの中で、竹盛氏自身は、旅館経営を主業としながらも、エコツーリズムのモデルツアーについて、自身の宿の周辺をフィールドに、トレッキング部門の企画、運営、実施を積極的に行うなど、その活動は大変熱心なものであった。

大富(仲間川)遊歩道のトレッキング(モニターツアーの時のガイドの様子)
エコツーリズム活動への貢献
こうして立ち上げられたエコツーリズム協会は、地元主体の組織として活動を続けているが、その構成は、観光業関連事業従事者(宿泊、交通、ガイド等)に加え、行政経験者、学識経験者、地元郷土史家、教員、農業者など多岐に渡っている。また、その出身も、地元出身者、Uターン者、Iターン者(都会からの移住者)等様々である。
竹盛氏はUターン者の一人として、それぞれの立場を理解、尊重しつつ協会員のコンセンサス形成に尽力している。2000年に第3代目協会長に就任後、同協会の活動を主導し、「エコツーリズム」の普及・浸透に携わった。時期は、ちょうどエコツーリズム協会ガイドライン策定の真最中であり、意見の対立する協会員同士を良くまとめ上げ、本ガイドラインの策定への道筋をつけた。また、西表島エコツーリズム協会主催の西表島島人文化祭は、この時から開始される。木工や民具、写真、陶器、食物など住民の作品が展示・販売されたほか、民具作りや紙すきなどのワークショップ、芸能発表会などが催され、地域の内外の人々に多くのシマの伝統文化が紹介された。

島人文化祭 地域ならではの食品販売

島人文化祭 三味線教室の子どもたちの合奏・合唱
現在、エコツーリズム協会では、現協会長(石垣金星氏)のもと、自分たちの伝統文化を活かした地域づくりに、より多くの地域住民を巻き込むべく様々な活動がなされており、竹盛氏は、任期(2年間)満了後の現在も理事として、陰に日向にその活動を指導・支援している。
なお、こうした活動の成果もあって、西表島の観光入域者数は、協会設立当初の平成8年には約20万人であったところ、平成14年には約30万人に増加している。